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acueducto 34 特集「LAS CORRIDAS DE TOROS -闘牛-」

闘牛を描いた芸術家たち
宮田渚

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ⒸJacques Rouquette

フェデリコ・ガルシア・ロルカ Federico García Lorca

 グラナダの詩人ロルカは「イグナシオ・サンチェス・メヒアスへの哀悼歌」という有名な詩を書いている。裏拍のように、たたみかけるように反芻される「午後の五時 a las cinco de la tarde」。これは闘牛の始まる時刻を表している。死の時間である。

 詩人には闘牛士の親友がいた。名はイグナシオ・サンチェス・メヒアス。セビーリャ出身で、優れた闘牛士だった。メヒアスは芸達者な人物で、文学に精通し、詩や戯曲を書き、さらに役者としても活動していた。1927年を機に闘牛士を引退して作家活動に専念していたが、1934年8月11日、43歳にして急遽、闘牛の舞台に戻ることになる。別の闘牛士が交通事故で出場できなくなったため、代わりに砂上に立つことになったのだ。この日の1番目の牛の角が、彼の右腿を貫いた。大怪我を負ったメヒアスはその2日後に息を引き取った。

 この詩は、死んだばかりのメヒアスの肉体から流れる血、突然もたらされた彼の死を、悲痛に「僕は見たくない!」という拒絶を交えながら、けれども繰り返し歌い上げる。この世で最も恐ろしいその一瞬を永遠にするかのように。

 詩人にとって闘牛は、なによりも死を啓示する舞台ではなかったか。この詩を書いた2年後の1936年8月19日、ロルカは銃殺された。翌年パリで開かれた万国博覧会のスペイン館では、内戦の犠牲者の象徴としてロルカの肖像とともにこの作品も展示された。

 

イグナシオ・サンチェス・メヒアスへの哀悼歌

 

A las cinco de la tarde.

Eran las cinco en punto de la tarde.

Un niño trajo la blanca sábana

a las cinco de la tarde.

Una espuerta de cal ya prevenida

a las cinco de la tarde.

Lo demás era muerte y sólo muerte

a las cinco de la tarde.

 

午後の五時。

午後のきっかり五時だった。

一人の子供が白いシーツを持ってきた

午後の五時。

石炭が一篭 もう用意され

午後の五時。

あとは死を 死を待つだけになっていた

午後の五時。

小海永二訳(『ロルカ詩集』世界現代史文庫より)

 

アーネスト・ヘミングウェイ Ernest Hemingway

グラナダの詩人ロルカは「イグナシオ・サンチェス・メヒアスへの哀悼歌」という有名な詩を書いている。裏拍のように、たたみかけるように反芻される「午後の五時 a las cinco de la tarde」。これは闘牛の始まる時刻を表している。死の時間である。

詩人には闘牛士の親友がいた。名はイグナシオ・サンチェス・メヒアス。セビーリャ出身で、優れた闘牛士だった。メヒアスは芸達者な人物で、文学に精通し、詩や戯曲を書き、さらに役者としても活動していた。1927年を機に闘牛士を引退して作家活動に専念していたが、1934年8月11日、43歳にして急遽、闘牛の舞台に戻ることになる。別の闘牛士が交通事故で出場できなくなったため、代わりに砂上に立つことになったのだ。この日の1番目の牛の角が、彼の右腿を貫いた。大怪我を負ったメヒアスはその2日後に息を引き取った。

この詩は、死んだばかりのメヒアスの肉体から流れる血、突然もたらされた彼の死を、悲痛に「僕は見たくない!」という拒絶を交えながら、けれども繰り返し歌い上げる。この世で最も恐ろしいその一瞬を永遠にするかのように。

詩人にとって闘牛は、なによりも死を啓示する舞台ではなかったか。この詩を書いた2年後の1936年8月19日、ロルカは銃殺された。翌年パリで開かれた万国博覧会のスペイン館では、内戦の犠牲者の象徴としてロルカの肖像とともにこの作品も展示された。

 

闘牛士にでもならない限り、その生のすべてを生き抜く人間はいない。

『日はまた昇る』第2章より

 

Jarou (Jacques Rouquette)
ジャルー(ジャック・ルケット)

 闘牛の美は一瞬にして連続。絵画のような写真作品。

 ジャルーは、雑誌でよく見かけるような紋切り型とは別の形で闘牛を表現しようとする。闘牛士と牛のカップルが織り成すかりそめのパセの形を捉え、その一瞬に閉じ込められた至高の美を追求する。彼は非常に遅いシャッタースピードによる「映像のぶれ」を使う。写真の中に時間の経過を与えるためだ。それはあたかも、死の瞬間を少しでも延期させたい、運動と色彩によって構成された闘いの美を引き留めておきたいと願っているかのようである。フランスの闘牛研究の第一人者、哲学者フランシス・ウォルフは彼の作品を「絵画」のようだと言った。ジャルーは闘牛の血の混じる光景を表現することはしない。牛の力強さと闘争心は、すらりとした優雅な闘牛士の女性性と対照的な形で示される。彼の写真集『Ante Mortem』(ラテン語で「死を前に」)では、闘牛の攻撃的な部分がすべて取り除かれ、闘牛術のダンス、演劇性という側面が鮮やかに描き出されている。www.jarouphoto.com

 

ⒸJacques Rouquette

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