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『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』


川成洋

情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い
佐々木 孝 著

法政大学出版局
■2018年1月刊
■定価2,500円+税

 ほぼ35年前のこと、ミゲル・デ・ウナムーノの研究で著名な佐々木孝さんからワープロで製作された「私家版」の、2冊の翻訳書が送られてきた。スペイン現代史の研究には必要不可欠な、サルバドール・デ・マダリアーガの名著『情熱の構造──イギリス人、フランス人、スペイン人』そしてライン・エントラルゴの名著『スペイン1898年の世代』であった。こんな重要な本はやはり「活字本」として流通させなくてはと思い、さっそく知り合いの出版社のれんが書房新社に「私家版」を持ち込み、話がまとまり、その出版社で初めて佐々木さんと会った。

 いまでも記憶に残っているが、佐々木さんはなんとも穏やかな学者だった。彼は道産子で帯広出身、僕も同じ札幌出身。実に楽しい邂逅であった。

 ところで、本書は、幻の名著『ドン・キホーテの哲学──ウナムーノの思想と生涯』(講談社現代新書、1976年)と、それ以前に発表した論文4本とエッセイを加えた2部構成になっている。

 本書のタイトルの重要なキーワードである「情熱」は、スペイン人の「生」の基盤となっているが、このpasión(スペイン語)には、「情熱」や「激情」という意味ともう1つ「受難」という意味もある。ウナムーノの生涯を考える場合、pasiónの2つの意味が表裏一体、別言すれば、不即不離の関係となっている。

 私が関心を持つのは、なんといっても、20世紀のウナムーノの「生」である。この世紀をわずか36年間しか生きなかったが、その短い間にウナムーノは自らpasiónを体現したのだった。

 1900年、36歳でヨーロッパ4大学の1つ、サラマンカ大学総長に就任。14年、政治的理由で総長罷免。21年、副総長に任命(24年まで)。24年2月、独裁者プリモ・デ・リベラによってカナリアス諸島に追放。31年4月、スペイン第2共和政の誕生後、帰国、サラマンカ大学の終身総長に復帰。36年7月、スペイン内戦勃発。

 同年12月12日、サラマンカ大学で「スペイン民族祭」の祝典が行われる。壇上には、フランコ将軍夫人を筆頭に、外人部隊創設者アストライ将軍、サラマンカ司教など叛乱軍の錚々たる名士が臨席していた。その中にウナムーノも交じっていた。すでに彼は、叛乱軍による詩人・劇作家ガルシア・ロルカの虐殺、バダホスでの1,200人の共和派の大量殺戮などを知悉していた。共和派に対して罵詈讒謗を浴びせる演説が続き、聴衆から外人部隊の鬨の声「死よ、万歳!」が叫ばれると、隻腕、隻眼のアストライ将軍が屹立して、これに唱和した。いよいよ、ウナムーノがゆっくりと立ち上がった。そして、アストライ将軍がそのように血を求めるのは、自分と同様に傷だらけになった他者を見たいのでは、とほのめかしたのだった。将軍はこれに対して「死んでしまえ、インテリども!」と叫んだ。再び、ウナムーノは静かに語りかけた。「ここは知性の大寺院であり、私はこの上級聖職者である。(中略)あなた方は勝利するかもしれない。十分以上の暴力を持っているから。(中略)あなた方は自分たちに欠けているものを必要とする。それはあなた方の戦いにおける理性と正義だ。私は、あなた方にスペインのことを考えるよう説いても無駄だと考えている」

 ウナムーノはその直後から自宅軟禁となった。そして12月31日午後4時半頃、家人が気づかないまま静かに息を引き取ったのだった。

 偶然、2019年1月12日の『朝日新聞』(夕刊)の「惜別」欄に私の目が留まった。「文章武器で、福島で戦った」というタイトル。福島第1原発から25km地点の自宅で体の不自由な夫人を介護しながら『原発禍を生きる』を上梓し、中国語、韓国語、スペイン語に翻訳・出版された佐々木孝さんが、2018年12月20日に亡くなった記事であった。私には、ウナムーノと佐々木さんが重なって見えたように思えた。



川成 洋 / Yo Kawanari

1942年札幌で生まれる。北海道大学文学部卒業。東京都立大学大学院修士課程修了。社会学博士(一橋大学)。法政大学名誉教授。スペイン現代史学会会長、武道家(合気道6段、杖道3段、居合道4段)。書評家。

主要著書:『青春のスペイン戦争』(中公新書)、『スペインー未完の現代史』(彩流社)、『スペインー歴史の旅』(人間社)、『ジャック白井と国際旅団ースペイン内戦を戦った日本人』(中公文庫)他。

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