2014年02月
ほかにも、マサパン生地のなかに数種類の生地を挟んで巻いたアンダルシア生まれの「パン・デ・カディス」。バルセロナ生まれの「ジェマ・トスターダ(焦がしたカスタード)」。これは、カタルニアのもっとも有名なデザート「クレマ・カタラナ」をそのままトゥロンにしたようなもの、と考えると想像しやすいだろう。
マドリードには、トゥロンだけを売り物にする専門店がある。カレテラ・デ・サン・ヘロニモに面して今も古めかしい構えの「カサ・ミラ」は、12月に入ると日ごとに店の前の行列が長くなっていく。大きな塊からグラム単位で切り取って売るここのトゥロンは決して安くはないが、その質感も香りも、スーパーでパッケージに入れて売られているものとは比較にならない。
とはいえ、パッケージ入りでも健闘しているメーカーもある。カタルニア本社のトゥロンメーカーは、マドリードの中心地に店舗をかまえて3年。バルセロナでは定番の、マドリードとはまた少しタイプの違うトゥロンには、多くのファンがついてきている。今年のニューフェースは、「エル・ブジ」で有名なアドリア兄弟の弟アルベルトがプランニングしたトゥロンで「フランボアーズ味」「ピニャコラーダ味」など発想も面白く、素材の質も良い。トゥロンの人気争いは、むしろこれから面白くなりそうだ。
マドリーの老舗トゥロン専門店、「カサ・ミラ」
マドリードの人々に愛されてきた伝統と風格が店構えにも漂う。
贅沢なアーモンド菓子マサパン
アーモンドと砂糖を練って焼くマサパンもまたアラブ文化の遺産といえる。アラブ語での名前は「マウラバン」、座っている王という意味で、アラブ人たちが平たく丸いマサパンの中央に王の顔を刻んでいたことに由来すると言われる。
この菓子は平たい箱に入れてキプロス島に運ばれ、そこから当時の商業の中心地だったバレンシアへ送られてヨーロッパの国々へと届けられ、いくつもの国で普及していく。スペインでも、1525年に出版されたルペルト・デ・ノラの料理の本にはすでに、いくつかのマサパンのレシピが載っている。当時は、マサパンは王侯貴族のための贅沢な菓子だったこともわかる。
スペインでマサパンの産地としてもっとも有名になのはトレドで、最初にマサパン作りを始めたのは修道女たちだった。修道院で、最初は寄進者への返礼として菓子を作り、のちには収入を得るための手段として菓子作りに従事してきたという伝統はスペインの全土に見られるが、トレドでもドミニコ会の修道女たちが、マサパン作りを受け継いできている。
修道院だけではなく、トレドの街にはマサパン専門店が多くみられ、町の名物として広く知られている。スペインのマルコナ種のアーモンドは世界でトップと言われる美味なアーモンドで、特に製菓の世界では珍重されているが、トレドでは地中海岸を中心とする産地からマルコナ種のアーモンドを取り寄せて、マサパンを作っている。
マサパンのなかでも「アンギーラ(ウナギ)」と呼ばれる形のものが、クリスマスには菓子店のウィンドウに飾られる。どうしてウナギなのか?ちなみに、日本人の私にはウナギというよりドラゴンのように見える風貌だが。
「アンギーラをクリスマスに、という由来は特にないけれど、ローマ時代からウナギは悪運をよけるシンボルだったようです。幸運を招く形に作った贅沢なマサパン。クリスマスにぴったりだからではないでしょうか。」
アナの店でも、マサパンは高級な菓子のひとつであり、「アンギーラ」はそのなかでも贅沢品だが、クリスマスプレゼントとして欠かせないアイテムだという。
ショーウィンドウに飾られた、「アンギーラ」。
ユーモラスな見た目もさることながら、
ピッタリの丸いパッケージもそれぞれ異なった素敵な柄が描かれている。
クリスマスに欠かせないプレゼントだ。
渡辺 万里 / Mari Watanabe
大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。
<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com