2014年02月
クリスマス最後の祭日を飾る ロスコン・デ・レイジェス
アーモンドと蜂蜜を使った、いかにもアラブ起源の菓子が勢ぞろいしているクリスマス菓子のなかで、少し異色の菓子がロスコン・デ・レイジェス(王様の日のリング菓子)だ。
この菓子の始まりは、古代ローマに遡るといわれる。イベリア半島における「小麦粉を使って焼いた菓子」の大部分のルーツはユダヤ教徒にあると言われていることも、留意してもいいだろう。
ロスコンはブリオッシュに似たオレンジの香りのパン生地で、リング型に焼くのでロスコン (大きなリング)と呼ばれる。ロスコンに似た菓子はフランスその他のカトリックの国々にもみられるが、形状は必ずしもリングではない。共通なのは、中に小さな瀬戸物のフィギュアが入っていて、これが当たった人に幸運を招くといわれていることだ。
ローマ時代には冬至の日にロスコンの原型とみられる丸い菓子が作られ、そのなかに乾燥ソラマメが入れられていて、それが当たった;人は、その日限りの「王のなかの王」と呼ばれたという。このニュアンスがそのままカトリックの伝統に組み込まれてフィギュアが入れられるようになったと思われるが、面白いことにスペインのなかでも地方によっては、フィギュアだけでなく乾燥ソラマメも入れる習慣がある。その場合、「フィギュアが当たった人は今日の王様、ソラマメが当たった人はこのロスコンの代金を払う」ということになっている。
ロスコンは公現節に深く結びついた菓子で、1月5日から6日にかけて集中的に販売されるのだが、実は近年人気上昇中。ここ10年で売上が伸びた唯一のクリスマス商品と言われている。その人気の理由としては、甘くて固い今までのクリスマス菓子のグループより、それほど甘くないパン生地のロスコンが現在のスペイン人の嗜好にあっている、ということが考えられる。
中には、当たった人に幸運を招くと言われる瀬戸物のフィギュアが。
ぽってりとした丸い形と上にのったアーモンドや砂糖漬けのフルーツなどがとても可愛らしい。
しかしそれ以上に感じられるのは、「スペインのクリスマスそのものが変わりつつある」という事実だ。マドリードの下町をアナと歩きながら、「最近ベレンを見かけなくなった」という話題になる。ベレンとはキリストの生誕シーンを再現した飾りで、近年までのスペインでは、各家庭だけでなく多くの店のウィンドウにも、それぞれに意匠を凝らしたベレンが飾られていた。しかし今、下町を歩いてもめったにベレンのある店には出会わない。
「ベレンは飾らないけれどクリスマスツリーは飾る。デパートでは、3人の王様に代わってパパ・ノエル(サンタクロース)が子供たちに挨拶する。そんなアメリカナイズが本当に景気回復につながるのでしょうか?私はむしろ、スペインらしさを大切にしなければ、観光立国スペインの再起は難しいと思いますが……」
複雑で豊かなスペインの歴史の断面を見せてくれる、クリスマス菓子の色々。それを守っていくことで新しいスペインを発展させたいと力説するアナや彼女たちの世代に、これからも伝統菓子の世界で活躍してほしいものだ。
渡辺 万里 / Mari Watanabe
大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。
<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com