2017年11月
内戦を内面化するロルカ
1931年からの5年間はスペイン自体も疾風怒涛の時代となりました。共和派と、王党派や教会などの守旧勢力とのせめぎあいが続き、次第に深刻なものとなっていったからです。共和派といっても、平和的漸進的改革を目指す人たちや、アナーキスト、共産主義者、現在係争中の農民・労働者たちなど、多様な人たちがいました。守旧派においても、昔ながらの権威主義者から、単に既得権益を守りたい人たち、新しい思想運動としてのファシズムの信奉者たちなどがいました。33年には右翼が政権を執り、それまでの民主的改革を反故にして左翼への過酷な大弾圧が吹き荒れます。その反撃として、36年に人民戦線政府ができ、これに対する軍部の反乱をきっかけとして、内戦が始まります。そしてロルカは、この内戦のとば口で殺されてしまうことになります。
内戦のとば口で殺されたといっても、ロルカは内戦とは無縁ではありませんでした。というのも、31年からの嵐の時代に、すでに内戦的状況が内包されていたからです。ロルカは、内戦を必然化する危機をスペインがはらみつつあることをひしひしと感じていました。その本質をつかみ取って舞台化したものが、三つの悲劇です。もともとスペインの演劇には、三つの悲劇を一体のものとして作り、作品はそれぞれ独立しながら、全体が一つの世界を形作るという伝統がありました。興行的にも、作品を別々に公演したり、一挙に通して公演したりしたのです。ロルカもその伝統に従って作劇していました。そして、社会が中心を失って漂流し、共同体(家族)が外から突き崩される姿を『血の婚礼』において描き、その裏返したものとして、共同体が内から突き崩される姿を『イェルマ』において描いたのです。『ベルナルダ・アルバの家』は、三部作の三作目ではなく、ジャーナリスティックな要請のもとに現実のパロディとして書かれたもので、別格です。予定されていた三作目は『ソドムの破壊』というタイトルのもと大部分は出来上がっていたのですが、最初の一枚を残して、原稿はすべて失われてしまいました。それでも、この三作目の原イメージは、『タマリット詩集』のいくつかの詩篇において提出されています。そのイメージは繰り返し出てくるので、詩集を用心深く読んでいただければおわかりいただけると思いますが、簡単にまとめてしまうと、「破滅と絶望、犠牲になる小さきものたち、そしてそこからの再生」ということができます。
『タマリット詩集』は、ロルカの嵐の5年間のあいだに、忙しい合間を縫って少しずつ書き溜められたものです。それだけに、この5年間ロルカが何と向き合い、何と闘い、そのことをどうとらえてきたかが、異様な緊迫感をもって描き出されています。といってもそれは、理路整然とした論理的な言葉で表現されてはいません。彼が長年つちかってきた神話的思考によって、神話的な物語として提示されています。
ロルカ、あるいは夢見る力
ロルカは、ちょうど20代に入ってから、フランスを中心に勃興したシュルレアリスムに夢中になりました。ロルカだけではなく、ロルカの世代は誰もがこの洗礼を浴びて、シュルレアリストでなければ芸術家ではないというくらい、圧倒的なものでした。それは、合理主義がもたらした破局としての第一次大戦の反省や反発から生まれたものですが、イメージや直感によって本質へ一挙に到達しようとするものであり、心の中の無意識やものごとの深層をさまざまな方法によって明るみに出そうとする芸術運動でした。ロルカは、この運動の影響を受けながら、スペインにも17世紀にすでにこのような試みをしていた先駆者を見いだします。それが、当時は文学史の片隅に追いやられて埋もれていたルイス・デ・ゴンゴラです。ロルカの独特な比喩、表現方法、神話的思考は、アンダルシアという地方の庶民がもつ感性や表現方法につちかわれたものであると同時に、シュルレアリスムに刺激を受け、異能の先人ゴンゴラから学んだものでもあったのです。ですから「神話的思考」とは、現実の世界を捉える方法として、説明的に物事を組み立てるやり方を排して、イメージや直感によって捉えた像をひとつの神話として組み立てていく認識方法といえます。西洋合理主義が世界を席巻する前は、実はもともとこのような方法で人々は世界を捉えてきたのです。この神話的思考を、私は「夢見る力」と言い換えて、ロルカの方法だと考えています。この力を発揮して、内戦的状況を捉えたものが、『タマリット詩集』なのです。
『タマリット詩集』の原題は、Diván del Tamarit です。divánは、もともと窓際に置くアラブ風の寝椅子を意味します。そしてこの言葉が「詩集」の意味で使われるときは、とくに「アラブ詩の詩集」を意味します。このような体裁を採用したのには、ロルカの目論見がありました。
平井 うらら / Urara Hirai
同志社大学講師 詩人
1952年香川県高松市生まれ。早稲田大学第一文学部卒業。京都外国語大学大学院修士課程修了。グラナダ大学博士課程修了。文学博士(グラナダ大学)。著書に『対訳タマリット詩集』(単著)、『平井うらら詩集』(単著)、『マヌエルのクリスマス』(単著)、『ガルシア・ロルカの世界』(共著)、『スペインの女性群像』(共著)、『スペイン文化辞典』(共著)など。