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acueducto 37 特集「日本食とも相性抜群!味わい豊かなシェリー酒の世界」

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シェリー酒の歴史


中瀬航也
ヘレスのボデガス・フンダドール(Bodegas Fundador)©︎中瀬航也

Historia del vino de Jerez

 シェリー酒は[スペインの歴史と文化、また多くの技術が最も詰まったスペイン・ワイン]と言えます。シェリー酒の産地「ヘレス」はカディス県にありますが、スペインの歴史はまた「カディス」から始まったと言っても過言ではありません。シェリーに必要な原料「葡萄」と醸造技術をカディスに最初にもたらしたのはフェニキア人でした。ポエニ戦争でフェニキア人がローマに負けると、イベリアはヒスパニアと、南部に流れる大きな河はベティス(現在のグアダルキビル河)と、現在のヘレスはセレトと名付けられます。ローマ人の需要を満たすためベティスの周辺には葡萄畑とワイン醸造所が増えますが、その仕込みや輸送で現在は当たり前な「樽」はこの時代にはありません。そんな彼らにとって醸造や輸送に重要だったのは「甕(tinaja, amphora)」でしたが、ここベティス河口周辺(現在のドニャーナ国立公園)は良質な粘土の産地でもあるのです。

 こうしてセレト産ワインVinum Ceretensisと刻印とされたワインは、地中海沿岸に運ばれローマ人の喉を潤したと云います。その後のセレトの歴史を大きく変えたのはイスラム系民族の襲来でした。711年から約3年で奪われたイベリア半島をキリスト教徒が取り戻すための戦争がレコンキスタでしたが、アラビア語でシュリッシュと名を変えたヘレスXeres/Jerez がスペイン人の手に戻ったのは1264年でした。この700年にも及ぶイスラム支配時代にもたらされた文化・技術は、その後のスペイン、延いてはヨーロッパの歴史を大きく変えることになります。

 特にヘレスに大きく影響を与えたのは「蒸留技術」でした。その汗のように滴ってできた液体はアラックと呼ばれ、水と同じように見えて決して腐ることがなかったため、13世紀にカタルーニャのフランシスコ会修道士A .ヴィラノヴァによって「命の水」( 命を持った水)と名付けられます(この頃には木樽が知られ始めます)。

©︎中瀬航也

 1492年アルハンブラの無血落城によってレコンキスタが終わると、それを機に出港許可を得たコロンブスがインドを目指し、新大陸を発見します。ここに「大航海時代」が始まり、ローマ教皇が定めたトルデシリャス条約によってスペイン領土が確定すると、交易定期船「財宝船団」に積まれたヘレス産のワインが新世界へ運ばれた最初のワインともなりました。

 古くから高い糖度や高いアルコール度数を誇ったヘレス産ワインは日持ちすることで珍重され、マゼラン隊の世界周航 (1519-)にも253樽と417革袋のヘレス産ワインが積まれます。

 17世紀、世界の海に「東インド会社」の船が出始めると、片道1年にも及ぶアジアまでの長い航海距離に耐えうるワインとしてヘレス産ワインはさらなる需要が増え、アラックを足した「長い航海に耐えうる酒質」に加え、赤道通過などの「温度変化( 膨張・収縮)に耐えうるダイヤ型の樽」(タガが10本)の発明で、現在とほぼ変わらない「シェリー酒」の誕生を見ます(ちなみにシェリー酒という言い方は英語名で、ちょうどシェイクスピア時代に誕生した言い方です)。

 日本へも運ばれたシェリー酒は1611年に徳川秀忠の部下がヘレス酒で乾杯した記録があるほか、一般に言われる鎖国以後の長崎出島にも、現在で言うオロロソ・シェリーやペドロ・ヒメネス・シェリー、またシェリー・ブランデーが入っており、オランダ人が飲んだほか、献上や賄賂、遊女の給金に用いられたと云います。

  19世紀にはヨーロッパを襲った葡萄根虫害フィロクセラ禍をしり目に各国で需要を伸ばし、アモンティリャードはその希少性から様々な物語が生まれる* ほど人の話題を呼びました。そして1930年以降、北米の禁酒法が撤廃され洋酒の啓蒙書が多く出版されると、世界各国で食前酒の代表としてドライ・シェリーを飲むのが常識化していったのでした。

* エドガー・アラン・ポーの小説や映画『バベットの晩餐会』など。



中瀬 航也 / Kohya Nakase

1971年生まれ。シェリー酒専門 家。公認ヴェネ ンシアドール。シェリー酒名誉男爵。公認コルタード・デ・ハモン。銀座しぇりークラブ店長を10年勤め、シェリー酒輸入商社営業を経て、バル業態プロデュース「オジャ」を広めた。現在、五反田にBar Sherry Museumを営業。全国でセミナー、イベントを開催。著書は『シェリー酒』(PHP)、『Sherry』(志學社)。ブログ ameblo.jp/catador


<Bar Sherry Museum>
常時150種類以上のシェリーと約40種類のシェリーブランデー、約10種類のベルモットなど9割がスペイン産のお酒を扱うバー。料理はスペイン料理をベースに和洋中をミックスした新南蛮料理(和華蘭料理)を提供。10席。喫煙。カード可。予約/貸切可。
〒141-0031 東京都品川区西五反田1-4-8-2F奥
TEL : 03-3493-4720  17:00~24:00(日・祝定休)
sherry-museum.jimdofree.com

 

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