2019年10月
地元のバル、ライブハウスでの小規模なフラメンコショーは、
事前に宣伝はするが基本的に前売券は販売しない。
前売券を買わない(=先の予定の約束をしない)のは
セビーリャでは珍しくない。
─スペインへ行くことになったきっかけはなんですか?
私は幼少期にクラシックバレエ、大学卒業後に中国武術を習い、1990年頃の20代後半にフラメンコを始めました。本場でフラメンコ修行をしたいと思ったのでガイドブックの留学情報も参考にして学生ビザを取り、1999年11月にアンダルシアの州都セビーリャへ行きました。まずは1年間と考えていましたが、以降、現地に滞在して今年で20年目になります。
─仕事をどのように実現させましたか?
私の場合、フラメンコ生活を続けるために新たな仕事を探しました。まずはあん摩マッサージをやってみたもののすぐに勉強の必要性を感じ、セビーリャの指圧専門学校に入学。スペイン語の不自由はあったものの、クラスメートの助けと自身の努力で無事に修了。2004年から指圧マッサージ師の仕事をスタート。また、かつて日本で日本語教師を7〜8年間勤めていたので、その経験を生かして現在も日本語を教えています。現地学校の集中講座を担当することもあれば、オンラインレッスンで教えることもあります。フラメンコダンサー、指圧マッサージ師、日本語教師の3本柱で生活し、それぞれの仕事量のバランスは月によって大きく変わります。たとえば、夏は指圧のお客さんが減るのを見越して他の2つの予定を多めに入れています。パズルを入れ替えるようにして、3つの仕事をうまく成立させています。
─仕事のお客さんは、どんな人たちですか?
スペイン人:75% 日本人:20% その他:5%
男性:25% 女性:75%
主な年齢層:50代
フラメンコを観に来てくれる人は、日本ほどの義理立てがありません。行くよ、行くよと口約束しても気が乗らない、体調が悪い、飲みに行く、などの理由で来ないことも当たり前。逆に来ない予定だったのに来ることもあります。彼らは刹那的な判断を大事にし、何をするのが今の自分にとって最良かを考えています。指圧マッサージの集客は、信用(confianza)が要。だからこそ、まずは人となりを知ってもらう必要がありました。始めた頃は予約をドタキャンされたり、前日にリマインドの連絡を入れないと思い出してくれなかったり、といったことが多かったのですが、何年か続けているうちにお客さんとの間に信頼関係ができて、向こうから予約を忘れないようになりました。
─バケーションはどうしていますか?
個人として仕事をしているので、特に休暇期間はありません。不定期に1ヶ月ほど帰国して家族に会いに行き、日本でも仕事(バイレのパフォーマンス、ワークショップ、クルシージョ、指圧、日本語オンラインクラスなど)を続けています。
─スペイン暮らしを振り返って、性格や考え方に変化はありますか?
性格は多少は変わってきているでしょうね。日本流の気遣いから外れてきたというか、気になったことや疑問点はすぐに口にするようになりました。日本人が気を遣って「そんなことできない」とやる前から諦めてしまう時、「どうして?」「遠慮せずに聞いたらいいのに」と突っ込んで、スペイン人の理屈で言ってしまうことがあります。他地方からセビーリャに移り住んだスペイン人も言うことですが、セビーリャ人は「アビエルタに見えるけれどセラーダ」。内輪のサイクルからなかなか出てきませんし、有名なFeria de Abril(春祭り)もセビーリャ人のための社交場です。他人の中まで入ってこないので、いい意味で放っておいてもらえますが、逆に干渉して欲しかったら自分からグイグイいかないとだめなんです。
スペインで幸せな瞬間
¡No pasa nada!(気にするな)の精神に助けられます。自分では深刻だと思っている問題でも、それを言われると楽天的になり、ホッとします。他には、日が長くて朝晩涼しいセビーリャの風土は気に入っています。仕事の後に赤ワインを美味しいなあ、と思って飲む瞬間も好き。