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acueducto 12 特集「西欧最古の都市、カディス」

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カディス食べ歩き・飲み歩き


渡辺万里

ベントリージョ・デル・チャトの店内

<ベントリージョ・デル・チャト>

 食事とインタビューが終わって帰り支度をしていると、マイテが誘ってくれた。

「よかったら明日は、私のほかの店もいらっしゃい。案内してあげるから。」

 そんなマイテの好意に甘えて、彼女が経営する店の1軒を見せてもらうことにした。というのも、そこがただのレストランではなく、カディスの食を知るうえで外せないベントリージョという名前の付いた店だからだ。

 Venta とは本来、町はずれの街道筋にある旅人のために食事も出す宿屋のこと。 Ventorro, ventorrillo となると、規模が小さいだけでなく、無法者が泊まったり賭け事をする部屋があったりと、さらに怪しげな居酒屋兼宿屋というニュアンスになる。昔はカディス周辺には何軒も、そういう店があったというが、今はもうない。そして元はベントリージョであった場所を、今はマイテのファミリーがレストランにしているのだ。

 カディスの町と、その付け根にあるサン・フェルナンドを結ぶ細い部分に面して、いかにも街道脇の宿という風情の「ベントリージョ・デル・チャト」がある。ここで繰り広げられた宴の数々に思いを馳せながら冬の海を見て、 tartar de atún マグロのタルタルの一皿をご馳走になった。

 カディスのもうひとつの名物は、 almadraba アルマドラバと呼ばれる豪快なマグロ漁。マグロを日常的に食べるこの一帯ならではの素朴な料理が、最新の洗練されたバージョンで出されてびっくりする。「今や『怪しげな宿屋』ではなくて『おしゃれなレストラン』なんですね……」と私が感想を述べると、マイテとシェフが笑い出す。マグロに添えられた一杯のマンサニージャ(辛口のシェリー)がすきっと美味しい。

 

<フレイドゥリア・ラス・フローレス>

 夕食はいかにもカディスらしいところ、レストランではなく気軽なバルでと考え、ガイドブックでは一押しの「freiduría」、つまり揚げ物屋さんに行くことにした。

 Plaza de las flores 花の広場という名前どおり、広場の中央にぎっしり花屋の屋台が並ぶ広場に面して、「フレイドゥリア・ラス・フローレス」がある。絶えず揚げ物の匂いが立ち込める飾り気のない店だが、昼も夜もいつ通ってもにぎわっている。

 ここでとうとう、避けていたカディス名物「ペスカイート・フリート」に挑戦した。色々な魚のフライが、大盛りで皿に載せられてくる。しかし、恐れていたほど脂っこくはない。油の匂いも悪くない。揚げ方はさすがに上手。値段も安いし、旅の土産話に1回は食べてもいいだろう。

 バルのカウンターには、フライだけでなく、ちょっとしたタパスも並んでいる。ビールを飲みながら、紙に包んでフライを買っていく地元の人たちの様子を見ているのも楽しい。

 食事を終えて歩いていくと、12月だというのにちっとも寒くないカディスの町の通りを、人々は軽装で夜もそぞろ歩いている。食後の一杯はテラスに座って、と言えるのがこの夜の最高の贅沢だったかもしれない。



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

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