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acueducto 33 特集「エル・ブジのもたらしたもの」

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エル・ブジ、その始まりから終わりまで


渡辺万里

Deconstrucción de pan con tomate
トマト味のパンの再構築
©︎elBulliArxiu / F.Guillamet

 

Ravioli esférico de guisantes y ensalada de guisantes a la menta (2003)
球体にしたグリーンピースのラビオリと ミント和えグリーンピースサラダ
©︎elBulliArxiu / F.Guillamet

 

情報の公開という奇跡
Una revolución en la divulgación del conocimiento


 

「エル・ブジ」の厨房を最初に訪れたときの一番のおどろきは、 厨房がレストランのなかで最高の場所にあって広々としたオシャレな空間であること。そしてそこで働いているのが、全員若者だということだった。フェランは、「僕たちはサッカーみたいなチームだ。ポジションは違っても皆でひとつ」と50人が一緒に食べるまかないの食事をパクパクと食べながら語ってくれたものだ。ヒエラルキーが支配する従来の高級レストランの世界では考えられなかったこの形態こそが、フェランが新しい料理を次々と発見しレストランを絶えず進化させていくための重要な要素だった。

 やがてその延長線上に、レストランとして多分初めて「タジェール(アトリエ)」を持つという形態が生まれる。フェランが思いついた料理のアイデアは、ここで精鋭チームによる試作や討論を通して完成されていく。「フェラーリが新車を開発するのに研究所が必要なように、僕たちも研究の場所が必要だから」とフェランは語る。

 

 

 完成した料理はレストランで発表され、さらに書籍やCDROMという形で販売もされた。つまりフェランの発明した料理は、世界中どこにいても学べるようになったのだ。「僕の料理をそのまま同じに作れても、それはただの模倣だ。そこに何を付け加えるか? それがクリエーティヴということの意味だ」というフェランの言葉通り、すべての情報を公開することで、彼は「創作料理」のハードルを一段と高くした。このおかげで、今やスペイン中に優れたレベルの若手の料理人が溢れている。彼らは、フェランが与えてくれた最新の料理技術や創作のアイデアを知識として吸収し、そのうえに自分の料理を構築していくというチャンスを与えられたのだ。

 2011年にレストランとしてクローズしたあと、情報公開という考え方の究極として、研究機関としての「エル・ブジ・ファンデーション」が誕生した。エル・ブジで生まれた知識と経験が、ここでさらに進化しつつある。しかも、インターネットのページを通して膨大な量のデータを学ぶことができる。これこそまさにフェランが、そしてジュリが望んだ「エル・ブジの進化形」なのだ。 「エル・ブジ・ファンデーションの仕事を誰よりもエンジョイしてくれたはずのジュリがいなく なったことを、心から悼む」とフェランは述べた。2015年に惜しまれつつ死去したジュリ・ソレールに、心からの敬意と愛情を込めて、この記事を捧げたいと思う。



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

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