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acueducto 4 特集「スペインの食・過去から未来への大胆な飛翔 」

3. エル・ブジのもたらしたもの
渡辺万里

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フェラン・アドリア 
「エル・ブジ El Bulli」(コスタ・ブラバ)

 たとえピカソが嫌いな人でも、ピカソを無視してスペインの絵画史を語ることはできないだろう。同じように料理の世界では今、「フェラン・アドリアを無視してスペインの料理史は語れない」という時代が訪れている。

 レストラン「エル・ブジ」のオーナーシェフ、フェラン。「エル・ブジ」は確かに、6年間連続イギリスの「レストランマガジン」によって世界一のレストランとしてランキングされてきた。10年にわたって「世界でもっとも予約のとれないレストラン」といわれてきた。しかし、人気のあるレストランはほかにも次々と現れているし、優れた料理人も彼一人だけというわけではない。 彼の名前が、料理史の1ページに刻まれるにいたったのはどうしてなのか? 彼は何を成し遂げたのか?

 おおざっぱに言ってしまうことが許されるなら、フェランはスペイン料理界の常識をことごとく覆したのである。

 毎年シーズンごとに一新されるエル・ブジのメニューには、ほとんど必ず新しい調理のテクニックが登場する。一世を風靡して今ではフランス料理やイタリア料理、いや中国料理の世界でまで定番のテクニックとなったエスプーマ(泡)を初めとして、誰も思いつかなかった食材の扱い方、組み合わせ方、そして調理法などが、今までに生まれてきた。しかし重要なのは、それらのテクニックがすべて公開されているということである。

 何かにつけて封建的で、各料理人が自分の料理を教えることにいたって消極的だった料理の世界で、フェランは「僕のテクニックは誰でも使える」と宣言し、新作の料理のレシピをことごとく発表してきた。だから、彼のテクニックを盗むために苦労する必要はない。しかし、自分の料理を創作しようと思ったら、そこから先により困難な道が待っている。フェランは、多くの若手料理人たちに大きなチャンスを与えるとともに、本当の意味での「創作料理」というのがいかに難しいものかということを、身をもって教えたのである。

 もうひとつ、彼が料理界の常識を破ったこと。それは「料理はチームで作り上げていくもの」というエル・ブジのポリシーだろう。エル・ブジでは50人近いスタッフが働いているが、それはフェランが言うとおりスポーツのチームのように一緒に働く若者たちの集団なのである。

 これも封建的なレストラン業界では想像もできない発想だったが、今では若い世代のオーナーシェフをトップとする店から次第に、このポリシーも浸透しつつある。そしてその成果は、スペイン各地に、最新のテクニックと若々しいアイデアの感じられる料理を出す優れた水準のレストランが続々と生まれてきていることで証明されている。

 フェランはすでに単なる料理人ではなく、彼の料理哲学を発展させ、料理と科学の融合を深めていくという使命に向けて方向転換し始めた。エル・ブジは単なるレストランとしての時代を終え、料理界の向上のための総合的な機関として生まれ変わろうとしている。現にフェランは、2012年から2年間、レストランとしてのエル・ブジの扉を閉ざして研究に専念することを発表して世間をあっといわせたばかりである。

 そして今、様々な形でフェランの影響を受けた料理人たちが、現代のスペインのレストラン業界の先端を担っている。フェランの世界をどこまで受け入れるのか? どんな形で伝統料理との折り合いをつけていくのか? そして自分のアイデンティティをどこに求めるのか……?

  それぞれが、異なったスタンスと異なった個性で、これからのスペイン料理の歩んでいく方向を示唆しているすばらしい料理人のなかから、数人にスポットライトを当ててみたい。



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
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