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acueducto 4 特集「スペインの食・過去から未来への大胆な飛翔 」

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3. エル・ブジのもたらしたもの


渡辺万里

ジョアン・ロカ 
「セジェール・カン・ロカ Celler Can Roca」 (ジローナ)

 フェラン・アドリアの愛弟子の一人、ジョアン・ロカとその兄弟の店は、カタルニアのなかでも豊かな町ジローナの町外れに位置している。スペインを代表するシェフの一人ジョアンを中心として、ソムリエのジョセップ、パティシエのジョルディの3兄弟は、両親から受け継いだレストラン業を見事にレベルアップし、いまやこの店は「いつ行ってもがっかりすることのない、最高の品質と味のレストラン」とスペイン内外のグルメたちから高い評価を受けるようになった。

 もともとの始まりは、3人兄弟の母が料理人として采配を振るう「カン・ロカ(ロカの家)」という素朴な町の食堂だった。ジローナの素朴で温かい味の家庭料理を、気取らない空間でたっぷりと食べる。そんな食堂を切り盛りする母に育てられたジョアンは優れた料理人に育ったが、彼に大きな転機を与えたのはフェランだった。ジョアンはフェランのすべてに心酔し、モンジョイ入り江のエル・ブジに足しげく通った。なかでも、母の食堂の隣で「セジェール・カン・ロカ」として独自の料理の世界を築いていこうと努力していたジョアンを大きく成長させてくれたのは、「チームで料理を作る」というフェランのシステムだった。

 自分ひとりで考えることはない。もともとこの店は家族のもの、兄弟のもの。厨房のスタッフも、そのファミリーの一部だと考えれば、新たな可能性が生まれてくる。自分より若い世代の意見。ほかの店で修業してきた料理人のアイデア。すべてを取り入れて、この店の個性を作っていけばいい…。料理そのものに才能があるだけでなく、皆に慕われる兄のような性格のジョアンは、チームの信頼を集め、そこにはエル・ブジとはまた違う、良い雰囲気の共同体が誕生したのである。

 厨房のチームだけではない。この店では、レストラン全体のチームプレイが暖かく客を迎えてくれる。レストランのホールに入ると笑顔で迎えてくれるのはジョアンの奥さんのエンカルナであり、食堂に座るとワインの相談にのってくれるのは弟のジョセップ。厨房に挨拶にいけば、ジョアンとともに下の弟のジョルディが、デザート部門から手を振ってくれる。

 そして出される料理も、華やかで斬新でありながら、ジョアンの温和な人柄を反映してどこかやさしくおだやかな味で、人を跳ね返すことなく受け入れてくれる。ジョセップは、出された料理にさらに生き生きした個性を加えるような意表をつくワインの選択で客を魅了する。それに加えて、いまやスペインのデザート界一の人気者となったジョルディの尽きることのないアイデアは、デザートに止まらず、香水の香りからシャンパンの泡、そして葉巻の煙まであらゆるものを皿の上で表現するに至っている。時には暴走に近い弟の飛躍ぶりに苦笑いしながらも、ジョアン自身のインスピレーションも大いに刺激されて、彼の料理にまた新しい幅が広がりつつある……。

 ジョアンは家族とチームに支えられて、彼自身ののびやかな個性を生かした新作料理とそれにふさわしい空間が一体となったレストランという、多くの料理人の夢を実現したのである。今が円熟期のジョアンの料理を味わう機会があったら、これはまさに僥倖というべきだろう。



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

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