2018年04月
美食と「五感」の出会い
Cita para los amantes de la comida y los sentidos
フェランの料理は、毎シーズンすべて入れ変わる。その年の料理は、その年しか食べられない。そんなファッションの世界のようなルールを生み出したことも、このレストランにどうしても行きたいという人々の気持ちを掻き立てた。
しかしフェランの料理の凄さは、一品ずつが独創的だというだけではなかった。それまでヨーロッパの食には存在しなかった新しい角度からの「美味」を提案したという意味でも斬新だった。そのひとつがtexturas(食べ物の食感)というキーワードだ。
様々な食材を何も加えずに泡状にする、エスプーマという器具の発明。失敗から生み出された「粉状のアイスクリーム」という新しいテクスチャー。同じ食材を異なったテクスチャーに展開する、テクスチャーのコントラストをテーマにして料理を考えるという発想。すべてが新しかった。
Quinoa helada de foie-gras de pato con consome (2001)
コンソメにのせた、フォアグラの粉状のアイスクリーム
©︎elBulliArxiu / F.Guillamet
Ravioli que se va (2009)
消え去るラビオリ
©︎elBulliArxiu / F.Guillamet
さらに、フェランに多くを学んだイギリスのシェフ、ヘストン・ブルメンタールが、料理の横にiPadをおいて波の音を流しながらシーフードの皿を出したとき、人々はその発想に驚いた。「音で味覚を刺激する」という考え方も新しかった。
西洋の美食の歴史では、「美味」という概念の大部分は五感のうち視覚、嗅覚、味覚によって形作られてきたから、残りの二つ、触覚と聴覚に気づいたフェラン・アドリアの着眼点は意表をついたのだ。
そしてそれは奇しくも、彼が深く敬愛する日本の食につながっていく。「とろっとした」「ふわっとした」「さくさく」「かりかり」など、触覚と聴覚を表現するオノマトペが美味の表現に欠かすことができない日本の美味の概念とフェランの美味の世界は、まるで違うように見えて実は近しいものと言ってもいい。
さらに視覚においてもフェランは、日本の料理における自由さを見事にとりいれた。丸い皿しか存在しなかった西洋料理の世界に、四角や三角の皿、左右非対称な器、自然の木や葉っぱまであらゆる器を導入したのだ。今やそれらの器は世界中で当たり前の存在となり、フェランによって始まったことさえ知らない若者たちが、あらゆるジャンルの料理に四角い白い皿を 使っている。ここでも、フェランが料理人として以上にアーティストとして影響力を持っていたということが実証されているのではないだろうか。
渡辺 万里 / Mari Watanabe
大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。
<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com