2011年02月
マノロ・デ・ラ・オサ
「ラス・レハス Las Rejas」(ペドロニェラス)
ラ・マンチャの小さな村。街道沿いの昔風の構えのレストラン。そしてサンチョ・パンサのようなどっしりとしたシェフが挨拶に出てきたら、ここで最新のテクニックを駆使したクリエーティブな料理が出てくると想像する人は少ないかもしれない。しかし彼は、れっきとした「ポスト・エル・ブジ」のシェフの一人、それも当代有数の優れた料理人の一人であり、「ラス・レハス」は、決して便利とはいえない場所にありながら、スペイン中のグルメ垂涎の名店として知られている。
マドリードから南へ100キロ。ドン・キホーテの時代そのままの田園風景のなかに、ペドロニェラスという小さな村が現れる。もともとはニンニクの産地として知られるこの村に生まれたマノロは、父親の代からのレストランを受け継ぎ、持ち前の感性で、フェランが切り開いた新しい料理のテクニックのなかに、自分の進むべき道を見出した。
ラ・マンチャの大地に根付いた食材。昔ながらの素朴な料理。そこに、シャープで切れ味のいい発想で新しい要素が加わるとき、マノロでなくては出来ない独自の料理の世界が展開する。
料理の名前だけを見ると、そのかなりのスペースを、ごく昔風の料理の名前が占めていることに気づく。ソパ・デ・アホ(ニンニクのスープ)。ガリアーノス(ラ・マンチャのガスパッチョス)。ドゥエロス・イ・ケブラントス(痛みと悲哀)にいたっては、ドン・キホーテの時代に遡ったかのような最近聞くことのないほどクラシックな料理名である。
しかし出てくる料理はどれも美しいフォルムと斬新な構成の皿で、一見すると料理名とは結びつかない。口にして、味わって初めて、その名前に頷くことができる。そしてその美味に改めて感激する。マノロの細やかな感性と豊かな創造力によって、一皿のなかで過去と未来の融合が完璧に表現されているのである。
かつてエル・ブジが評判になり始めたときスペインのグルメガイドブックは「未舗装の道を20キロ行くだけの価値がある」と表現したが、私ならこのマノロの店を「マドリードから100キロ車を飛ばす価値がある」と言いたい。
見かけによらずロマンティストのマノロは、自分の料理の小宇宙を、ひとつの物語として紡いでいく。彼の料理を食べるといつも、この先どんな風に物語が展開していくのかと気になる。だからまた、国道を100キロ飛ばして訪れることになる…。
最近、同じラ・マンチャ地方のクエンカの町にも、マノロのレストランが出来た。古い町に新しい料理、という組み合わせは同じだが、物語の語り口が少し違う。「アルス・ナチューラ(自然な芸術)」と名づけられたこの店では、より自由に宇宙をはばたくマノロが見える。現代のドン・キホーテがどんな夢を追い求めていくのか、これからも彼の料理からは目が離せない。
渡辺 万里 / Mari Watanabe
大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。
<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com