特集

ESPECIAL

acueducto 4 特集「スペインの食・過去から未来への大胆な飛翔 」

PDF記事

PDF掲載誌

3. エル・ブジのもたらしたもの


渡辺万里

セルジ・アロラ 
「セルジ・アロラ・ガストロ Sergi Arola Gastro 」(マドリード)

 スペイン料理界が「未知数」を好むようになったとしたらそれはフェランの功績のひとつだが、そんななかでも特に、常に未知数であることを目指しているシェフがいるとしたら、それはセルジだろう。 「ステイタスとしての高級レストランはあっても、味で勝負できるシェフは不在」と長年のあいだ批判されてきた首都マドリードのレストラン業界を、見事逆転させたセルジ。彼もフェランに育てられた 「エル・ブジ学校」の卒業生だが、料理のスタンスは彼独自のもので、カタルニアの家庭料理を土台としながら大胆で力強いセルジの料理の世界は、常に多くのファンを魅了してきた。

 何より端的に彼の実力を示しているのは、昨今フェランを筆頭として最先端のシェフがひしめくカタルーニャ地方から、最初にマドリードに進出して成功したのがこのセルジだということだろう。

 セルジがマドリードで最初に開いたのは、むしろこじんまりしたレストランだったが、そこで瞬く間にマドリードのセレブたちの関心を独り占めにして、次にはクラシックなホテル付属のレストランをミニマリスムのインテリアがシックな高級店に変身させてオープン。高級レストランといえば昔風の豪華さを売り物にすると信じられてきたマドリードのレストラン業界の古い体質を、見事に覆して見せた。エル・ブジ仕込みのサービス体制のよさは、セルジの奥さんのサラによって完璧に再現され、これでいよいよセルジも落ち着くのかと思われたが、それは誤算だった。

 テレビのトーク番組に出て、ひっぱりだこになる。積極的に環境問題や第3世界への援助にも関心を示す。そして料理人としても名声に安住せずに、常に新しい可能性を探していく。

 そんな彼が次に開いたのが、「セルジ・アロラ・ガストロ」。セルジ個人の好みでレストランを作ったらこうなった、と言いたいような、彼の主張が隅々まで感じられる店である。

 フェランの弟子として身近に彼のシステムを学んできた彼は、だからこそ逆に早くから、「フェランの後ろを追っていたのでは何もできない」ということにはっきりと気づいていた。フェランの生んだ技巧に頼り過ぎない。フェランの巻き起こした流行からむしろ遠ざかる。そんなセルジの現在の料理は、出来上がった皿を見ると一見クラシックな料理に仕上がっている。衒いのない豆のスープ。素直にご馳走らしい肉料理。フランス風の懐かしいデザートの再現。それらの料理が、実際に口にすると一ひねりも二ひねりもした立体感のある複雑な味に仕上がっていて、客をうならせる。

 それというのも彼はなかなかの理論派で、自分のイメージした料理を的確に分析し、系統立ててひとつの皿として完成していくという困難な作業を、むしろ楽しんでやってのけているからだろう。だから料理にめりはりがあり、単なる思いつきに終わらない。その力量には常に感心させられる。

 傲慢なほどに自信がある。それでいてデリケートな感性と揺れ動く自分を知るだけの知性がある。こういう手に負えない腕白坊主のような才能あるシェフが出現するから、スペインという国は面白い。必ずしも新しい路線を追うことではなく、したたかに自分なりの「王道」を模索していく彼を見て、スペイン料理の未来に一段と期待を寄せたくなるのは私だけではないだろう。



渡辺 万里 / Mari Watanabe

大学時代にスペインと出会い、 その後スペインで食文化の研究に取り組む。1989年、東京に『スペイン料理文化アカデミー』を開設しスペイン料理、スペインワインなどを指導すると同時に、テレビ出演、講演、 雑誌への執筆などを通して、スペイン食文化を日本に紹介してきた。「エル・ブジ」のフェランを筆頭に、スペインのトップクラスのシェフたちとのつきあいも長い。著書は『エル・ブジ究極のレシピ集』(日本文芸社)、『修道院のうずら料理』(現代書館)『スペインの竈から・改訂版』(現代書館)など。


<スペイン料理文化アカデミー>
スペイン料理クラス/スペインワインを楽しむ会/フラメンコ・ギタークラスなど開催
〒171-0031 東京都豊島区目白4-23-2
TEL: 03-3953-8414 HP: www.academia-spain.com

VOLVER

PAGE TOP