バルセロナの「ピカソの料理」展
2018年08月07日
私は今、バルセロナに住んでいる人たちが羨ましくて仕方がありません。なぜならこの市のピカソ美術館でとても面白そうな展覧会が行われているからです:La cocina de Picasso (ピカソの料理) 展!
http://www.bcn.cat/museupicasso/es/exposiciones/la-cocina-de-picasso/
すなわち、食をテーマにマラガ出身の巨匠の作品を見つめてみようという展覧会。2018年5月23日付のEl País WEB記事によると、ピカソは「絵画、女性、食の3種の情熱を持っていた tenía tres pasiones: la pintura, las mujeres y la comida」とあります。女性と同じく、食(料理)はピカソの絵画制作にあたって中心的なテーマになっていたとのこと。同じく5月23日付のEl Mundo WEB記事にはこんな言葉が:
Picasso quería que sus lienzos olieran a puerro. Quería devorar su propia pintura. Cerezas, cebollas o huevos. Botellas de vino, pollo asado o limones.
ピカソは自分の画布からネギの匂いがするのを望んだ。彼は自分自身の絵に貪りつきたかった。サクランボ、玉ねぎ、卵。ワイン瓶、焼いた鶏、レモン。
Para Picasso los alimentos despiertan una relación de voluptuosidad, casi erótica, o evocan un recuerdo de su país, esa España que dejó atrás en 1934 y a la que nunca volvió.
ピカソにとって食材とは、ほとんど官能的な快楽の関係を呼び起こすもの、祖国の思い出を呼び醒ますもの。それはスペイン、1934年に後にし、二度と戻ることのなかった祖国の思い出。
食材、料理、食文化……ピカソだけではなくて誰にとっても、生きる上で根幹的テーマとなるもの。ふと口にした食べ物の味で昔の記憶が蘇ったり、無性にある物をお腹いっぱい食べたくなったり……と、そんな経験は誰にでもあるはず。本能的欲求たる食欲は、時としてなんの脈絡もなく私たちの前に立ち現れ、思考を遮断し、行動をコントロールします(仕事帰りに、足が急にアイス屋に向かったり……)。己の芸術を破壊しては創造してきた画家にとって、胃袋に轟く声は、創作活動の意欲や動機を与える良き導き手となっていたのかもしれません。
本展は「La cocina catalana(カタルーニャ料理)」「La cocina cubista(キュビスム料理)」「Utensilios de la cocina(キッチン道具)」「Las palabras de la cocina(料理の言葉)」「Cocina y penuria en tiempo de guerra(戦争の時代における料理と貧困)」「Frutos de mar(海の幸)」「De la tierra, del agua y del fuego(大地の、水の、火の)」「La cocina al aire libre(青空の下の料理)」「Las recetas de la estampa(版画のレシピ)」の9つの部屋に分かれて展開されていきます。
時代ごとに様々な手法で料理の世界を表現していくピカソ。個人的に特に目を引くのは7番目の「De la tierra, del agua y del fuego」で展示されている Corrida de toros y pez(闘牛と魚)という作品。ピカソが陶器皿に闘牛の光景を描いていたことは、acueducto 34号でも触れましたが、その陶器皿の上に横一文字にドンと載せられた粘土魚。実はこの魚の模様はピカソが実際に食べた魚の背骨を押し当てて出来たもの。その骨に思いっきりかじりついている写真も今回の展覧会で大きく取り上げらています。
Cenar con Picasso (en su cocina)
Picasso quería que sus lienzos olieran a puerro. Quería devorar su propia pintura. Cerezas, cebollas o huevos. Botellas de vino, pollo asado o limones. Para Picasso los alimentos d
「造る、食べる、生きる」が凝縮されている非常に魅力的な写真。食事の後で、この骨をギュッと粘土に押し当てて芸術を生み出すシーンをつい想像してしまいます。ところでピカソの生活といえば、アトリエでのポートレイトにせよお祭りで友人たちと一緒に写っている写真にせよ、いつもとても明るく、楽しそうなのです。なんでも描くとき以外は独りになることができない性格だったとか。絵画との対話の時間以外は、食生活を含めて自分を取り巻く多様な事象・人との接触を大切にしていたのでしょう(まあ恋人が変わるごとに絵画の様式が変わるとまで云われているのでそのあたりは言うまでもありませんが……)。
さて本展にあたって、当然ながら登場するのが現代の食の革命者にして哲学者フェラン・アドリアです。本展では「SALA MAURI」という部屋にフェランのコーナー「¿QUÉ ES LA COCINA?(料理とは何か?)」が設置されています。そこにはフェラン自身によるレシピのスケッチ、これまでの創作の軌跡を物語る一連の料理写真などが展示されています。
https://elpais.com/elpais/2018/07/24/estilo/1532455510_869309.html
上に引用している 2018年7月24日付のEl País WEB記事によると、フェランにとって芸術とは「科学的ではないが、体系化されている世界 el mundo no científico más reglado」であり、料理人にとって重要なのは「ピカソやマルセル・ドゥシャンのような芸術家たちの哲学を理解し、研究すること entiendan, comprendan y estudien las filosofías de los artistas, como Picasso o Marcel Duchamp」。疑いようもなく、ピカソはフェランにとって自身の料理・芸術の創造の先駆者となったはず。彼はこんなコメントも残しています:「私はピカソを熱愛するようになった。なぜなら私たちが「エル・ブジ」時代に抱えていた、再-創造という強迫的パラダイムを共有しているからだ。Me he ido enamorado de Picasso porque compartimos el paradigma obsesivo de reinvención que teníamos en elBulli」
再-創造(reinvención)という言葉に、フェランの料理哲学の一片が込められているのだと思います。ピカソも自身の様式から絶えず脱却し、新たな様式を生み出してきました。これから彼の料理をテーマにした作品が再評価されるにつれ、フェランを筆頭とした現代の革命的料理人たちへも、さらに注目が集まるに違いありません。
本展は2018年9月30日まで開催されています。それまでにバルセロナへ旅行する方、現地在住の方、ぜひ足を運んでみてはいかがでしょうか。