スペイン語に宿るアラブ文化

スペイン語

 スペイン語は「がらくた系」の単語 (porquería, basura) が豊富ですが、先日、 mamarracho という言葉に出会い、不思議に思いました。意味は「粗末なもの、出来の悪いもの、ばか」です (酷い……) 。「ママラッチョ? ママ? イタリアのパパラッチとは関係がないの?」とつい気になってしまい、語源を調べたところ、アラビア語の muharrig (意味はピストルやピエロだそうです) から派生した単語だということがわかりました:http://etimologias.dechile.net/?mamarracho

 これが長い歳月をかけて、地域ごとに moharrache だの mamacallos だのに形を変えていき、最終的には現在の mamarracho が定着したそうです。単純な発想で思い浮かんだパパラッチとは全く関係がありませんでした……。
 
 スペイン語には、アラビア語由来の単語がなんと4000語以上もあります。中世イスラム帝国の統治時代に、イベリア半島にアラブ文化がたくさん入ってきたのです。フラメンコや闘牛の掛け声「Olé」も、イスラム人が神に祈る言葉「Allah」から来ていること、皆さんご存知でしたか? 心の深奥から「Olé」を発するときは、役者が類い稀な演技を見せたとき。フラメンコでいえばドゥエンデが降りたとき。昔の人は、神懸かりの技を見たときに、自然と口をついて神への言葉が出たのでしょう (今も ¡Ay Dios! とかは普通に言いますね)。
 
12世紀のスペインの叙事詩『わがシッドの歌』でも、モーロ人(アラビア人)が敵味方含め登場します
 
 スペイン古典文学の金字塔『ドン・キホーテ』の作者は誰でしょう。ミゲル・デ・セルバンテス? いえいえ、セルバンテスによるならこれはシデ・ハメテ・ベネンヘリ Cide Hamete Benengeli なるアラブ人の青年が書いた物語だそうです。セルバンテスはそれをカスティーリャ語に翻訳したのだと。作中にもベネンヘリに対して、セルバンテスがとやかく批評する部分が出てきます。騎士道物語「パロディ」の作者は、キリスト教文化圏の文学である騎士道物語に、あえてアラブ人原作者を当て嵌めたわけです。
 
 ちなみに私はこの mamarracho という単語をどこで見たかというと、ピカソからスケッチをもらったとある闘牛士が、「俺はピカソに牛を捧げたのに、こんなラクガキ(mamarracho)を寄こしやがった!」と憤ったというエピソードです。よほどの、殴り描きだったのでしょう。そして実は闘牛もイスラム起源説があり、それを支持した画家ゴヤはモーロ人が闘牛をする版画を描いてたりします。
 
 というわけで、スペイン語の単語を遡ると、意外な語源に出くわすことがあるのです。目に見えない形でも、かつてイベリア半島を支配したイスラムの影響は日常に脈々と残っているのですね。mamarracho 自体は普通にネイティブたちも使うので、別のシーンでも多分耳にしているとは思いますが……つい語感が気に入り、ママが好きなの? そういう意味での「バカ」? というしょうもない発想から語源を調べて、アラビア語起源に辿り着いてしまいました。

VOLVER

PAGE TOP