【第39号発行】記事「ハポンさん達の旅」の支倉常長家14代ご当主・支倉正隆さんご来社!

お知らせ

 万聖節の前日の昨日『acueducto』第39号を発行いたしました! 今号は、日本全国の皆さまにぜひとも読んでいただきたい、日本とスペインの交流史の記念碑となるような記事を掲載しています。両国の交流の興りは遡ること400年以上前。1613年(慶長18年)仙台藩の伊達政宗の命により、家臣支倉常長率いる慶長遣欧使節団が、宮城県石巻市月浦を出帆。サン・フアン・バウティスタ号に乗った彼らはメキシコを経由してヨーロッパへと渡り、翌1614年にスペインに上陸、フェリペ国王と謁見し、さらにイタリアではローマ教皇パウロス五世に謁見しました。慶長遣欧使節団は、日本人として初めて太平洋を渡り、スペインに上陸したサムライ達として、その存在が知られています。彼らのうちの何人かはスペインに留まる選択をし、その子孫が、セビーリャ近郊のコリア・デル・リオ市で暮らしていると伝えられています。コリア・デル・リオ市には今も「Japón(日本)」という苗字を持つ、ハポンさん達が700人ほど住んでいるそうです。スペインのメディアでも関連記事やビデオが見つかりますよ:

 

 支倉常長やハポンさん達の話については、日本スペイン交流400周年を機に『acueducto』第14号(2013年8月末刊行)でも特集しています。第14号は雑誌は在庫切れですが、WEB記事版、PDF版で全文をご覧いただけます。この機会にぜひ一読を:

acueducto 14 特集「日本スペイン交流400周年」

 

この第14号の表紙の銅像および特集表紙の肖像画は、慶長遣欧使節団を率いた支倉常長です。常長の石像はコリア・デル・リオ市内にあり、いわばハポンさん達のご先祖様のシンボル。そして実は全く同じ銅像が東北の支倉常長ゆかりの地にもあります。サムライの時代から現代に到るまでの、日本とスペインの繋がりを見つめるにあたって欠かせない存在なのが、慶長遣欧使節団とコリア・デル・リオ市のハポンさん達なのです。

 さて今号でもハポンさん達の記事を掲載しています! それは、今年の夏にハポンさん達21名が来日した時の旅行記です。7月30日〜8月5日の夏の盛り、ハポンさん達は京都、富士宮、東京を巡った後、支倉常長のゆかりの地のある山形県米沢市、宮城県仙台市を訪れました。彼らにとっては遠い時代・遠い土地に眠るご先祖様へのお墓まいりの意もあった、この特別な旅行記の文章は、ハポンさん達に同行した関係者の皆さんにご執筆いただきました。冒頭には、支倉常長家14代ご当主・支倉正隆さんの文を掲載しています。そして最後にハポンさん達からの挨拶を代表して、日西支倉常長協会会長フアン・フランシスコ・ハポンさんの文も掲載しています。実はハポンさん達との積極的な交流が始まったのは、ここ近年のことで、先代の支倉常長家13代ご当主が両国間の絆を築くのに尽力され、東北およびコリア・デル・リオ市に各協会が創設され、今に至ります。ハポンさん達の今回の来日も、そうした中で実現した重要な出来事でした。

(左)『acueducto』第14号(右)第39号「支倉常長のルーツを訪ねるハポンさん達の旅」誌面

 読めば、ハポンさん達が外国人観光客らしく、日本の神社の作法や食べ物に新鮮さを覚えて楽しまれる様子や、彼らを歓迎してセビジャーナスや地元の伝統舞踊を披露する市民の皆さんの様子、そして今回の旅行で東北の支倉常長の地を巡ることが、ルーツが日本にあるとされるハポンさん達自身にとってどれほど重要なことであったか、などがよくわかります。そして東北の随所に日本とスペインの繋がりを示す拠点があるということ。『acueducto』読者の皆さまには、東北旅行の折に、ここで登場する地をぜひハポンさん達に倣って訪れていただければと思います!

 さて本日、雑誌の刊行後に早速、支倉常長家の14代ご当主・支倉正隆さんにご来社いただき第39号をお渡しいたしました! 今号の刊行をとても楽しみにしてくださっていました。お土産に山形銘菓の「のし梅」と「山ぶどう」もいただきました。ありがとうございます! この機会により多くの人たちに、ハポンさん達の出来事が伝わりますように。今回の記事は、東北復興応援の想いも込められています。

支倉正隆さんご夫妻と編集部の宮田

VOLVER

PAGE TOP