アニメ映画『亀の迷宮の中のブニュエル』
2019年08月31日
不動のアニメ大国といえば私たちの国ニッポンですが、スペインのスタジオが手がけたアニメも昨今、存在感を高めてきています。スペイン作アニメで有名なものといえば、養護老人ホームで認知症になっていく男の人生を描いたイグナシオ・フェレーラス監督の『皺』が挙げられますが、今年はさらに、あるアニメーション映画が話題になっています。タイトルは『亀の迷宮の中のブニュエル Bunuel en el laberinto de las tortugas』。シュルレアリストとして名高い映画監督ルイス・ブニュエルにスポットライトを当てた作品です。監督はサルバドール・シモ・ブソンというアニメーション業界の人。今年4月にスペインで公開され非常に高い評価を得ています。公式トレーラーはこちら:
巨匠ブニュエルですが一般的に最もよく知られている作品は初期の無声短編映画『アンダルシアの犬』(1928)でしょう。ブニュエル作品といえば他の『黄金時代』しかり、特にダリとも親交の深かったスペイン=シュルレアリスム時代の作品は、裂かれる目玉やら群がる虫やらピアノの上の牛の死骸やら、ストーリーの整合性よりも視覚的イメージがもたらす強烈な力を先行させているので、初めて観るとまったく意味不明でとっつきにくいと思います。ただ、今回話題になっているアニメは、こうして知られているブニュエルのシュルレアリスム代表作品を主題にはしていません。
彼は1932年にこれまでの活動から一転して、スペイン山岳地帯の貧困村ラス・ウルデスに密着したドキュメンタリー映画『糧なき土地 Las Huerdes, Terre sans pan』を制作しています。シュルレアリスム的な意図はなく(故意に誇張して撮影したと思わせるシーンはいくつかありますが)、この映画ではラス・ウルデスの人びとの想像を絶する、死と隣り合わせの貧しい暮らしを映し出しています。疫病が蔓延し、食い扶持を求めながらも弱り、死んでいく村の人びとを映しながら、自分たち撮影チームでは彼らの病気を治すこともできない、そんな悔しさもナレーションで語られています。そしてこの映画の最後では当時の社会を圧迫していたファシスムやフランコ政権を痛烈に批判し、このことで作品はファシストたちの怒りを買って公開禁止となり、ブニュエル自身も内戦の勃発後にスペインから亡命しています。
今回話題になっているアニメ『亀の迷宮の中のブニュエル』は、この『糧なき土地』を撮影したブニュエルを主題にしているのです。この作品を制作当時のブニュエルは、前作『黄金時代』の公開中止によって収入を失い、生活に困っている状況でした。未来が見えず、パリでふさぎ込むブニュエルに転機が訪れたのは、友人ラモンが当選した宝くじ。その賞金を映画の制作費としてもらえることになったため、彼は『糧なき土地』を撮影しにスペインとポルトガルの国境付近の山岳へ出発したのでした。アニメ中にも実際の白黒映画のワンカットが挿入され、貧困村の人びとを目の前にしてカメラを回した状況が再現されています。
本作は2020年のアカデミー賞授与式の『国際長編映画賞』のノミネート入りを目指しています(同賞は、日本でもアニメ映画『天気の子』がノミネート候補作品になっています)。もしノミネートされたらスペインのアニメ映画業界にとって重要な前進になると云われています。日本でも観られるようになって欲しいですね!