フラメンコで表現されるメキシコ民謡
2019年02月19日
フラメンコのカンテには様々な曲目(パロ)があり、歌い手によっても表現が異なるのでその違いを楽しむことができますが、中には、異国の曲を取り入れてカンテとして仕上げているものもあります。例えば、カディス出身のカンタオール、チャノ・ロバートが歌う「Llorona」。
Llorona
Listen to Llorona on Spotify. Chano Lobato · Song · 2000.
アップテンポで終盤の盛り上がりにかけて聴いていてとても心地よいカンテなのですが、この「Llorona」の唄は、スペインから生まれたものではなく、メキシコ南部のオアハカで歌い継がれてきた民謡が原型となっています。作者不詳ですが、メキシコ革命から半世紀前の1850年頃にメロディーが生まれたとされ、革命(1910〜1917年)当時は国民の間で大流行した歌だったそうです。そして、現代に至るまで大勢の歌手によって歌われており、歌詞にもバリエーションが生まれています。さらには、スペイン語のみならず、サポテカ語、ミシュテカ語、ナワトル語など現地の先住民族の言語で歌われることもあります。
ジョローナ伝説
La Lloronaは、オアハカ地方に伝わる女性の亡霊。メキシコでは小さい頃から誰でも知っている怪談話の1つです。かつて、ある先住民族の女性とスペイン人男性が恋に落ち、2人は周囲の反対にも負けずめでたく結ばれました。そうして彼らは3人の子どもを授かりましたが、しばらくすると夫は家族を捨てて、別の裕福なスペイン人女性のところへ逃げてしまいます。絶望した妻は発狂し、子どもたちを殺して、そのあと自分も湖に身を投げて死んでしまいました。けれども、天国で子どもたちの魂の行方がわからないと告げられた彼女は、子どもたちを探し求めて今でも現世をさまよっているのだそうです。そして「死者の日」の夜、女性のすすり泣く声が聞こえてきたら、それは我が子の魂を探しているジョローナが泣いているのです。
メキシコの大祭「死者の日」との関連があり、この国の民謡の代表でもあるため、映画『フリーダ』(2002)や『リメンバー・ミー』(2017)でもこの「Llorona」のメロディーが流れています。バリエーションはたくさんあり、多くの作品が見つかりますが、例えばメキシコ人歌手ナタリア・ラフォルカデの「La Llorona」のミュージック・ビデオはモノクロで美しく死者の日の舞台を描いています。最初に紹介したカンテ版よりスローテンポですが、イントロの旋律から同じですね。
……とまあ、メキシコの民にとって非常に所縁の深い曲なのですが、それがスペインのフラメンコの世界にも届いたのですね。フラメンコとメキシコの世界観を融合させる試みは最近でも何回かされていて、2016年には複数のスペイン人歌い手(エル・シガーラ、レメディオス・アマヤ、エンリケ・エレディアら)を中心として『México Flamenco』というアルバムも制作されています。
またバイレの部門では2017年にカレン・ルーゴというバイラオーラが「Sersiente」というテーマでメキシコで上演(Sersienteはメキシコの蛇(serpiente)とかけているのでしょうか)。コンテンポラリーダンスの様相も見せたその試みは「閉じられたフラメンコの伝統を断ち切る」という現代的な姿勢でもあり、また「Sersiente」という概念についてルーゴは「私の生の中で蠢く死がエネルギーの源となり、死そのものを反射する境地にまで至る。個人的なものでもあるけれど、観衆との相互影響の意味合いも少しある。大衆たちも、死を内在させる異なる顔たちの間で動いている」と、生を剥がせばすぐに死が顔を出す考えを示しています。この生死の共存はメキシコ土着の死生観にも通じるものがありますね。
そしてこの舞台でもメキシコの民謡(「La Llorona」「Canción Mixteca」「Gracias a la vida」)が流れ、その音楽に併せてバイラオーラはフラメンコを舞ったのです。
Cruce de caminos del flamenco y la canción mexicana
Karen Lugo presenta ‘Sersiente’ dentro del programa Jueves de Danza
さらに別のフラメンコ×メキシコの融合作品をご紹介。下のビデオは、「La Llorona」と共にやはりメキシコを象徴する死の女性のイコン「La Catrina」を、フラメンコのバイレで表現しています。死者の日の化粧によって、より際どい印象に。しかし音楽面ではここでは逆に、典型的なスペインのBGM(イサーク・アルベニス)が使われています。踊っているのはマリア・アリアガというメキシコ人バイラオーラで、「フラメンコをメキシコ化して、メキシコのものをフラメンコ化する」というコンセプトでメキシコ現地で上演を行っています。
ここまで興味深い曲やアーティストたちの活動を紹介してきましたが、ではそもそも、メキシコでも日本と同じくらいフラメンコが大流行しているのかというと、残念ながらそういった事情ではありません(もちろんフラメンコ教室はありますし、上述のアリアガのようなアーティストもいます)。ただ、フラメンコ界の側に表現の舞台をメキシコに求めるアーティストたちが少なからずいるということで、このような融合によって、さらに開かれたフラメンコ芸術を楽しむことができるでしょう。