バルガス=リョサVSガルシア=マルケス、伝説の喧嘩がコミック化
2019年08月16日
本誌『acueducto』第6号でも特集したマリオ・バルガス=リョサ。『緑の家』や『密林の語り部』などの著作で知られる20-21世紀ペルーを代表する作家で、1993年にスペイン国籍を取得して現在はスペインで暮らしています。
一方、今年3月にNetflixで映像化されることで話題となった『百年の孤独』の作者、ガブリエル・ガルシア=マルケス。いわずと知れたコロンビアの大文豪。そしてバルガス=リョサらとともに20世紀半ば以降の世界的なラテンアメリカ文学ブームを生み出した存在です。両者ともに邦訳も多数出版されています。
さてこの二大文豪ですが、一時は同じラテンアメリカ文学の旗手として友情を築いていましたが、1976年にバルガス=リョサがガルシア=マルケスの顔面に強烈なグーパンチを食らわしたことで二人の仲が決裂したという有名なエピソードがあります。この時バルガス=リョサは出会い頭にいきなりガルシア=マルケスを殴りつけたそうで、左目に痛々しい痣がついた後者の顔写真も残っています。その原因はバルガス=リョサの妻パトリシアを巡る行き違いだとか、政治的イデオロギーの相違であるとか、いろいろと示唆されています。そしてこのパンチが原因で彼らは永遠に袂を分かったと云われています。
同エピソードについて取り上げている Aquellos años del boom の著者Xavi Ayén氏は「パンチ」の真相について次のように語っています。「マリオ・バルガス=リョサがガブリエル・ガルシア=マルケスを殴打した根本的な動機は、ガボ(ガルシア=マルケス)がバルガス=リョサの妻に取り入って、彼女の弁護士に、離婚のための仮定上の裁判を起こすようにほのめかしたからだとされています。カルメン・バルセルスによるなら、このほのめかしはカリブ流ジョークだったのですが、パトリシアはそれをよく理解できませんでした」。
ラテンアメリカ文学の二大ビックネームを巡る本エピソードは、このジャンルのファンにとっては結構な衝撃だと思います。有名人同士の大喧嘩なので、たとえその直接的な原因が家庭の事情によるものだったとしても、後から資本主義(バルガス=リョサ)と共産主義(ガルシア=マルケス / 彼はフィデル・カストロとも友人で政権を擁護していました)の対立のメタファーなどと扱われることもありました。そしてこの有名エピソードが、今年になってコミック化されました。
Puñete que acabó la amistad de Vargas Llosa y Gabriel García Márquez es ahora un cómic
La novela gráfica “Boom. Historia de un puñete” (Estruendomudo, 2019) cuenta cómo el Nobel peruano un derechazo a su par colombiano en 1976. La obra se presenta hoy en la Feria del Libro.
タイトルは ¡Boom! historia de un puñete (Mario vs Gabo) 。原作はCarlos Enrique Freyre氏が担当し、絵をEduardo Yaguas氏とJugo Gástrico氏が担当。7月にペルーのリマで開催されたFIL 2019(国際ブックフェア)で紹介されました。
漫画の前半部ではバルガス=リョサとガルシア=マルケスの友情の構築が描かれ、彼らの執筆活動に大きな影響を与えた人物(アルゼンチンの作家フリオ・コルタサル、バルガス=リョサの後の妻パトリシア、ペルーの作家アルフレッド・ブライス=エチェニケ、ラテンアメリカ文学の著作権保護のパイオニアだったカルメン・バルセルスなど)への言及もあるそうです。
スペイン語を学んでいる人たちの中には少なからずラテンアメリカ文学愛好家の方々もいるかと思いますが、そんな人にとってはぜひとも読みたい……1冊なのではない……でしょうか。
当時のバルガス=リョサとガルシア=マルケスの心情の真相はどうあれ、彼らの個人的な決裂がいかにして政治的イデオロギーの相違として容易に結びついていくのか、同時に文壇を取り巻く社会・政治的な背景についても言及されていたら面白いですよね。独裁政権やめまぐるしい政権交代などを土壌として生まれたラテンアメリカ文学は、掘り下げていこうとすると作家の政治性を無視できなくなるので、それがコミックでも表現されているなら興味深いです。
ちなみに、パンチ事件の5年前にバルガル=リョサは En García Márquez: historia de un deicidio を出版しています。これはガルシア=マルケスの初期作品〜『百年の孤独』までの分析本。そして以下の『acueducto』第6号で掲載した記事(文:Ángel Luís Montilla Martos氏)によると、この分析本を出した時期からバルガス=リョサは自由保守主義(中道右派)の傾向が強くなり、ガルシア=マルケスら極左に傾倒する他のラテンアメリカ文学作家たちをあけすけに批判し始めているとのこと。けれども時を経て、2011年6月の京都外国語大学でのスピーチではガルシア=マルケスをして、彼の文学作品が世界的なラテンアメリカ文学・文化普及に多大な貢献をもたらしたことを高く評価しています(京都外国語大学でのバルガス=リョサのスピーチの様子は第6号の特集記事をご覧ください)。
有名な「パンチ」が起こったのは1976年2月12日のメキシコ。国立芸術院の入口ホールでのことでした。