美食という罠(映画『世界が愛した料理人』推薦文)
2018年08月22日
2018年秋、スペイン料理界を代表するシェフの一人、エネコ・アチャ・アスルメンディ(Eneko Atxa Azurmendi)にスポットライトを当てた映画『世界が愛した料理人』(原題:SOUL)が公開されます。スペイン料理文化アカデミーの渡辺万里先生による推薦文を以下に掲載いたしますので、ご興味を持たれた方は、どうぞ映画館へ! エネコ・アチャのレストランは東京にもありますよ〜(エネコ東京 / 東京都港区西麻布3-16-28 TOKI-ON西麻布)。
美食という罠
推薦文:渡辺万里(スペイン料理文化アカデミー)
究極の美食とは何なのか? 今、料理人が追求すべきテーマとは何なのか? レストランが表現できることとは何なのか?……
日に日に多様化する食のテーゼに踊らされがちな今、美食について語る資格のある人がいるとしたら、それは世界有数の美食の地、スペイン・バスク地方の料理人だろう。
エネコ・アチャはその一人であり、とりわけ注目されている料理人の一人だ。この映画は、まず彼にスポットライトをあて、彼から螺旋を描きながら日本へ近づき、「美食の真髄」というテーマに近づいていく。
どうして、エネコなのか? 彼以前にも彼以後にも、バスクには優れた料理人が大勢現れてきた。しかしそのなかで、単なる料理人には止まらないほど聡明な彼だからこそ、まな板の上だけでなく言葉でも食を語ることができる。そして、この映画の原題である「ソウル(魂)」というキーワードが、彼を日本へ、「数寄屋橋次郎」へと導いていく。
この映画の監督はスペイン人だから、ここでは、スペインやフランスのシェフが『手前』に位置し、「次郎」や「龍吟」が『向こう側』に位置する。そのため我々日本人は、鏡で裏文字をみるような不思議な感覚につまされる。しかし、西洋と東洋の料理人たちによって交互に語られていく、様々なアプローチでの食のテーゼは、いつのまにか、我々の視点をエネコのそれに近づけていく。
記憶にある味が美味なのか、いままで存在していなかったものが美味なのか? そのもの固有の香りがするから美味なのか、そこにあるはずのない香りがするから美味なのか?……
果てしない迷宮への罠としか思えない、新たな美食への試みが世界中で繰り広げられている。そのなかで、美食の王道を知るバスクのシェフ、エネコは、何を求めるのか? その問いから映画は始まり、同じ問いに帰結して終わる。
「サンパウ」のシェフ、カルメは、映画のなかでこう語る。
「ジローは、同じことを限りなく繰り返す。毎日、何千回も。自分の道を、自分の美学を信じて。私たちには真似できないことだからこそ、すごいと思う」
西洋では、美食の探求とは繰り返しではない。否定と肯定を繰り返しながら変貌していくことだ。しかし、日本では美食の大きな部分は繰り返しによって成り立っている。だからこそ、行き着く先は違う。エネコもカルメも、いやフェラン・アドリアも、その根本的な違いを認識しながらもなお、日本の食の美学を深く敬愛し、そこから学ぼうとしてきた。そのことの素晴らしさを、この映画は再認識させてくれる。
西洋のガストロノミーシーンを牽引してきたシェフたちが、日本の食の美学のなかに迷宮の出口を見つけてきたのだとしたら、それは素晴らしいことだ。そして我々日本人は、自分たちの国の食に秘められているその素晴らしい価値を、再認識すべきだろう。
タイトル:世界が愛した料理人
公開表記:9月22日(土)よりYEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
配給:アンプラグド
コピーライト:© Copyright Festimania Pictures Nasa Producciones, All Rights Reserved.
監督:アンヘル・パラ、ホセ・アントニオ・ブランコ
出演:エネコ・アチャ「アスルメンディ」、マルティン・ベラサテギ「ラサルテ」、カルメ・ルスカイェーダ「サンパウ」、
ジョエル・ロブション「ジョエル・ロブション」、石田廣義・石田登美子「壬生」、山本征治「龍吟」、
小野二郎・小野禎一「すきやばし次郎」、服部幸應、マッキー牧元、マイケル・エリス「ミシュランガイド」
2016年/75分/原題:SOUL
公式サイト sekai-ryori.com