ロルカ生誕121周年 / 詩、フラメンコ、闘牛…
2019年06月05日
1898年6月5日、詩人フェデリコ・ガルシア・ロルカはグラナダのフエンテ・バケーロスで生まれました。今日もし彼が生きていたら121歳の誕生日を迎えます。幼少期から詩情ゆたかな心で世界を見つめ、歌、ピアノ、詩の朗読、デッサン、劇……とさまざまな芸術的才能を開花させ、ダリやブニュエル、アルベルティをはじめ大勢の同世代の芸術家・作家たちを魅了したアンダルシアのきらめく天才。しかしスペイン内戦の渦中で38歳の若さで銃殺され、フランコ独裁政権時代にはその名を口にすることさえ禁じられていた悲劇の人。それでも今では、スペインの詩人でもっともその作品が読まれている人物となっています。世界中で愛されているロルカですが、特に日本ではフラメンコのカンテの世界から彼の詩の世界を知り、親しむ人も多いでしょう。
Despedida
Sí muero,
dejad el balcón abierto.
El niño come naranjas.
(Desde mi balcón lo veo).
El segador siega el trigo.
(Desde mi balcón lo siento).
¡Sí muero,
dejad el balcón abierto!
別れ
わたしが死んだら、
露台はあけたままにしておいて。
子どもがオレンジの実を食べる。
(露台から、わたしはそれを見るのです)。
刈り入れ人が麦を刈る。
(露台から、わたしはそれの音を聞くのです)。
わたしが死んだら、
露台はあけたままにしておいて!
(小海永二訳『ロルカ詩集』世界現代詩文庫より)
ところでロルカについてはここ近年も関連書籍が出されていますが、21年前の1998年、生誕100周年を記念して出版された『ガルシア・ロルカの世界』(行路社)という書籍もおすすめの一冊です。古い本なので新書での入手は難しいかもしれませんが、図書館で見かけたらぜひ手に取ってみてください。『acueducto』編集長の坂東省次先生、スペイン内戦史の川成洋先生、そしてロルカの文学が専門かつご自身も詩人で、『aueducto』第31号(2017年11月)に特集記事「ロルカ。あるいは夢見る力」を寄稿いただいた平井うらら先生の論考も掲載されています。平井先生が現地で撮影されたダリの妹アナ・マリアの写真も掲載されています(ロルカとアナ・マリアは親しい友人でした)。平井うらら先生のロルカ記事は素晴らしいです。以下からも読めますので、6月5日の今日に読んで、現代に美しい作品を多く残してくれたグラナダの詩人に想いを馳せるのも良いでしょう。
そして毎年、フエンテ・バケーロスの生家(現在はロルカ記念館。公式サイト)ではこの6月5日に記念イベント「El 5 A LAS 5(5日の午後5時)」を開催しています。午後5時は、ロルカの詩に親しい人ならすぐわかると思います。決定的な時間です。
A las cinco de la tarde.
Eran las cinco en punto de la tarde.
午後の五時。
午後のきっかり五時だった。
なお今年の「El 5 A LAS 5」にはスペインで最も著名なフラメンコダンサーの1人、ベレン・マジャが出演します(彼女については『acueducto』第21号で特集しています)。ロルカはフラメンコの偉大なる擁護者でした。特に、19世紀半ばの「カフェ・カンタンテ時代」以降、いわゆるショー化したフラメンコではなく、ヒターノたちが身を震わせて唄い上げるアンダルシア土着のフラメンコを愛していました。早くも23際の若さで大部分の詩を書き上げた『カンテ・ホンドの詩』(1931)、『ジプシー歌集』(1928)など、彼の代表詩集にはフラメンコのカンテを讃えたものが多く含まれます。ロルカは才覚をあらわした20代前半から亡くなる直前の30代半ばまで、生涯に渡ってフラメンコの詩の重要性を国内外で繰り返し唱えてきました。友人たちの間でもヒターノの詩を披露して好評を博し、特に作曲家のマヌエル・ファリャとはカンテ・ホンドの理論を共有して早くから講演を行なっていました(この点に関してはピアニスト下山静香さんの連載「音楽の時間」で詳しく解説されています)。
La Soleá
Vestida con mantos negros
piensa que el mundo es chiquito
y el corazón es inmenso.Vestida con mantos negros.
Piensa que el suspiro tierno
y el grito, desaparecen
en la corriente del viento.Vestida con mantos negros.
Se dejó el balcón abierto
y el alba por el balcón
desembocó todo el cielo.¡Ay yayayayay,
que vestida con mantos negros!ソレア
黒いヴェールをかぶった彼女
考える──世界はごく小さくて
心臓がとほうもなく大きいと黒いヴェールをかぶった彼女
考える──やわらかな溜息も
叫び声も消えていくと
風の流れの中へ黒いヴェールをかぶった彼女
バルコンは開かれたままで
夜明けにバルコンから
流れこんできた 全天空アーイ アイアイアイ
黒いヴェールをかぶってしまった!(長谷川四郎訳『ロルカ詩集』みすず書房より)
つい先日、非常にまとまった公式ポータルサイトwww.universolorca.comがオープンし、今後もますます人びとに読まれていくであろうロルカの作品。今なお世界中で生まれている詩人のためのオマージュ。フラメンコ、ヒターノの生、闘牛、そしてオリーブ畑の広がるグラナダの大地、ひいてはスペインに棲む魔力「ドゥエンデ」を文字の中で踊らせている詩才。私たちはこれからもロルカに目が離せないでしょう!
私は、ロルカがさまざまな芸術活動を通して目指していた、ただひとつのものがあると考え、それを、「祝祭」という言葉で捉えています。彼の芸術論である「ドゥエンデの働きと、その理論」は、祝祭論として捉えられるものであり、そこで明らかにされた芸術家とは、祝祭を実現するシャーマン的役割を担う存在、とされています。
平井うらら(『acueducto』第31号「ロルカ。あるいは夢見る力」より)