《ラス・メニーナス》の謎に迫るドキュメンタリー映画『エル・クアドロ』

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ベラスケス 宮廷画家で宮廷人

 
プラド美術館2階の中央展示室に架けられた巨大な絵画。鑑賞者の目を射抜くように見つめ返す王女の眼差し。17世紀のスペイン宮廷で生きた天才画家ディエゴ・ベラスケスが1656年に描いた《ラス・メニーナス》は、言わずと知れたスペイン至宝の芸術作品。宮廷人としても大成させた晩年のベラスケスの人生の集大成も言えるもので、サンティアゴ騎士団の赤十字章を堂々と胸に抱いた自らも絵の中に登場させています。
 
ベラスケスは「スペイン絵画の黄金時代」と呼ばれた16〜17世紀を代表する画家。そして彼を庇護したハプスブルク家は先先代のフェリペ2世から熱心な美術愛好家の血筋で、ベラスケスを擁したフェリペ4世も多数の名画を各国から収集して王宮コレクションにしていました。《ラス・メニーナス》の舞台となっているアルカサル(王宮)の一間も、壁には所狭しと大型の絵画が掲げられていますね。ここはアルカサル内の「皇太子の間」と呼ばれる場所で、ベラスケスのアトリエにもなっていました。
 

『ベラスケス 宮廷のなかの革命者』

 

ところが、この空間は実際の「皇太子の間」そのままに描かれたものではないことが、研究で明らかになっています。「忠実な写生というよりは、理知的、構築的に組み立てられた建築的空間」(大高保二郎『ベラスケス 宮廷のなかの革命者』2018年5月, 岩波書店, p.210)として、画家による精密な空間の計算がなされていたとのことですが、では実際に、彼は現実の部屋から、どこをどう、組み替えて、魔術的とも称される絵画空間を創り出したのでしょうか。数世紀に渡って絵画愛好家たちを魅了して止まないこの傑作の謎に迫るドキュメンタリー映画が今秋スペインで制作され、今日11月8日(金)から公開されました!

 
 
映画のタイトルは『エル・クアドロ(その絵画)』(監督:アンドレス・サンツ)。そんなの、絶対見るしかないじゃない! と思った方、本当にそうですね。観客を退屈させないためにしっかり工夫されていて、犯行 un crimen を目撃した証人たちの情報提供から、ストーリーがスタートする、スリラー仕立ての展開となっています。映画の着想について、サンツ監督はこのようにコメントしています。「メタ映画的で劇場的なセットの構想を立てました。そこでは専門家たち、「目撃者たち」が、犯行を解明するという目的で尋問室に登場します」。
 
「「犯行」とは? もちろん絵画(エル・クアドロ)のことです。犯行現場は部屋、犯人は結末で明らかになるでしょう……犯人は、画家でしょうか? 王でしょうか? 鑑賞者でしょうか?
 
Diego Velázquez, Las meninas 1656. Óleo sobre lienzo, 318 x 276 cm.
ディエゴ・ベラスケス《ラス・メニーナス》1656年 マドリード、プラド美術館蔵
©Museo Nacional del Prado
 
尋問室に現れる「目撃者たち」は、画布に残された引き込み線や誤った跡を見据えながら、絵画の謎と矛盾に表情を歪めます……。ある者は、幼いマルガリータ王女がまるで王家の長子であるかのように、このシーンの主役のように中央に配置されているのには、王家のメッセージが隠されていると考えます。別の者は、自分自身の像を描いたベラスケスに、画家の自己肯定のメッセージを読み取ろうとします。しかし、どんな意図が込められていたとしても、画家が忠実に仕えていた美術愛好家フェリペ4世を挑発するようなものではありません。
 
そして、「果たして絵画の中の画家は誰を描いているのか」という問いもこの映画で触れられます。その眼差しは鑑賞者へと向けられていることから、モデルは現実世界で絵を見る者たちなのか、あるいは、この絵画で描かれている登場人物たちに関連する人物なのか……。絵の奥には国王夫妻の像をぼんやりと映した鏡が架けられています。
 
この映画では、上記のような多角的な検証をビジュアルで提示してくれます。ストップモーションによるシーンの切り取りもその手法の1つ。中にはちょっとコミカルに、笑いを誘うような検証画も挿入されているのだとか。そしてその検証のために絵画制作の再現映像に登場させたのは、当時の宮廷人たちの服を着た俳優たちではなく、なんとマネキン。監督の考えによるなら、実際の生きた俳優よりも、マネキンを使う方が、絵画世界へのアプローチの邪魔にならないのだそうです。あえて個性をもつ俳優を使わないことで、映画を見ている人は半ば強引に、マネキンを見ているけれど、実際には本物のベラスケスを見ているという想定に入り込む効果があるとのこと。
 
また監督は、絵画の鍵を握るのは、シーンから考えられる判読可能性ではなく、画家の筆遣いにあると言います。「ベラスケスは、描いたものが最高の出来栄えになる何らかの才能を持っていました。描かれた形は、それらが行くべきところまでの範囲で描かれています。事物は木のように成長していき、全てがとても美しい個々の生を備えています。《ラス・メニーナス》は、実は多大な労力もなく、このように出来上がったのだ、という感動をもたらします」
 
今秋、スペインは《ラス・メニーナス》の熱狂に包まれるでしょうか?
 

参照サイト:elcultural.com/los-secretos-de-las-meninas-llegan-al-cine

 

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